介護の現場で人の生と死に向き合いながら、帰宅するとキャンバスに向かう。そんな生活を送る画家がいる。齋藤大(さいとう・だい)、25歳。
油絵の具の独特な匂いが漂う部屋で、自分が美しいと感じた日常のイメージを、静かに画面へと定着させていく。
今春、大学院を修了し、社会に出た今はアーティストと介護職の二足のわらじで「生きること」をテーマに絵を描き続けている。描く楽しさとの出会いや美大時代、制作テーマについてなど話を伺った。
制作:石山せり子(GALLERY A8T)
【本記事のハイライト】

【アーティストプロフィール】
齋藤大(さいとうだい) Saito Dai
2001年宮城県白石市生まれ
東北芸術工科大学美術科洋画コースを卒業し、その後、2026年3月東北芸術工科大学大学院文化専攻絵画研究領域修了。2024年「Idemitsu Art Award 2024」入選、2024年「FACE展 2025」グランプリ受賞。「生きること」をテーマに、“人物が融合する風景”を描いている。2026年6月27日(土)よりGALLERY A8Tにて、齋藤大個展「描く 〜Life Goes On〜」を開催する。
●齋藤大Instagram

── まず、絵との出会いから聞かせてください
子どものころから描くことが好きで、物心ついたころにはもう手を動かしていました。ゲームのキャラクターや動物、昆虫、恐竜などを模写し、自分で対象物の説明を書き加えたノートを手製の図鑑に仕立てたり、ペーパークラフトや段ボール工作で昆虫や恐竜を作ったりもしていて……。
今思えば、アートという意識ではなく、対象物を観察し「再現すること」への興味がすでにあったんだと思います。

── その興味が、油彩という画材につながっていく
高校で初めて油彩に触れたとき、「これだ」と思いました。乾きが遅いのが特徴なんですが、自分にはそれが魅力的で。納得いくまで何度でも動かせる、まるで粘土をこねているような感覚がありました。正直、水彩のような繊細な表現は不得手なのですが、油彩の大胆さが自分には合っているように感じました。「描く」というより「作る」に近い感覚でしょうか。
その手応えは、すぐに結果として返ってきました。自分が心地良いと感じる技法を見つけ出した結果、宮城県の仙南高等学校美術展と宮城県高等学校美術展で受賞し、それが大きな自信につながりました。

── 進学した東北芸術工科大学では、その自信が揺らぐ経験をしたとか
そうですね。大学では自分の得意なことから抜け出して、自分が考えるアーティスト然とした独自の個性を追い求めて絵を描こうとしていました。さまざまな技法を取り入れ、描いては思考する日々。一度は手中に収められたように感じても、時間が経つとその表現はどこか「借り物」のように感じられて、自分の中に根付いていきませんでした。
大学入学から3年間、試行錯誤し、たどり着いたのは「今あるものを大切にする」という逆説的な答えでした。一度は手放した得意な表現にあらためて向き合い、最終的に卒業制作では、幼少期から続けてきた「模写」や「風景を描く」という原点に戻っていきました。学部時代はある意味、遠回りの時間でした。でも今、振り返るとその過程を通して、自分自身を知ることができたと思っています。
そして、担当教授が話してくれた「美術史において完全に新しいものは存在せず、過去を再解釈しながら発展してきた」という言葉は、今も私の軸として生きています。
── 卒業制作が、転換点になった
はい。大学院に進んだのも、卒業制作で見えた可能性を、もっと深く掘り下げたかったから。風景画に向かい合い、自分の方向性が一気に広がった感覚がありました。

── 大学院での修了制作のテーマは「生きること」だったそうですね
現代社会にいると、生きている実感がどんどん希薄になっていく気がします。制作では、その実感を取り戻すことを自分に課していました。
山奥でキャンプをしながら自然に身を置く経験を通して、「生きること」は自然から切り離されたものではなく、その循環の中にあるんだという感覚が強くなっていきました。修了展では、それを絵画として表現しようと取り組みました。

── 修了展を終えたとき、どんな気持ちでしたか?
達成感はありました。でも正直、それ以上に「終わってしまった」という寂しさのほうが強かったですね。
自分よがりな考えですが、僕にとって作品は、完成した後よりも、描いている時間そのものが一番輝いている気がするんです。なので、完成したら、もうそこには戻れない気持ちが寂しさとなって湧き出てくるのかもしれません。
── 制作は短期集中型で、3日で一作品を仕上げるスタイルと伺いました
1日目に下書きと構図を決めて、2日目に画面全体を油絵の具で埋めて、3日目に細部を調整して完成させる。描き始める前に完成までの流れをある程度計画するので、制作中に迷うことは少なく、純粋に楽しいなと思いながら描いています。
完成の基準は「これ以上筆を入れると画面がうるさくなる」という感覚を大事にしています。最後は描いたり消したりを繰り返しながら、慎重にバランスを整えていく。制作するにあたり、ルーティンみたいなものは特になく、生活の延長線上にただ“ある”という感じです。自然に始まって、自然に終わっていくものです。

── 気晴らしにする趣味はありますか
アニメーションや漫画、音楽などをジャンル問わずに触れています。音楽は同じ曲を何度も繰り返し聴くことが多く、サカナクションをよく聴いています。最近は、Minecraftで建築をしながら、街をつくることにも没頭しています。
── 現在は介護職に就きながら制作を続けているそうですね
ホームでは、元気な方から認知症の方、看取りの段階にある方まで、さまざまな方々と日々関わっています。
人の生や死をこれほど身近に感じる環境にいると、「生きること」に対する意識が以前よりずっと重みを持つようになりました。制作のテーマは「生きること」ですが、今はそれが以前より静かで、深みのあるものに変化している気がします。

── 今後の制作について、どんなことを考えていますか?
死というのは、当事者にとっては非常に重いものでありながら、他者にとっては驚くほどあっけなく過ぎ去っていく。その不思議な感覚を、絵画としてどう表現できるかを考えています。
── 最後に。自分の絵が、人の生活の中でどんな存在であってほしいですか?
生活の一部のような存在になってほしいです。大きく主張するのではなくて、ふと目に入ったときに「良い絵だな」とだけ感じてもらえたら、それで十分です。
自分にとって「描くこと」は生活の一部で、人の垢のようなものだと思っています。とても個人的な行為ではありますが、自分が美しいと感じた色彩や光、形といった日常の断片を、誰かと共有できれば嬉しいです。
齋藤大がキャンバスに表現するささやかな生活のきらめきは、誰かの日常の片隅に重なり、生きていることへの手ざわりを思い出させてくれる。彼の絵もそれを見ている私たちも大きな自然に包まれているのだ。



